決断 -Jay Deai ブログ-

decision

物事がうまくいかない時、決断が遅かった。

必要な情報を得ているのに、

「もし、そうならなかったら。。。、 もし、ああなってしまったら。。。」

リスクの全くないことはこの世にほとんど存在しないのに、
いつまでも前に進めず、方向転換もせず、その場で足踏みばかり。

結果としてせっかくのチャンスを生かせず、ダメなことからの撤退も遅いのでより損失が膨らむ。
だから、余計怖くなって益々動けなくなる。

その上、うまくいかなかったことをいつまでも後悔し、人のせいにする。

私はそれはやめようと思う。

決断を早くしたら物事が好転し始めた。

なんでも即決するということではない。
必要な情報を得てからの判断を早くする。

結果としてチャンスを得る確率も高まり、大きな損失になる前にダメなことからの撤退もできる。

それと同等に大切なのは、
その決断の結果、思った通りにならなくても後悔も文句も人のせいにもしない。
自分の判断ミスを受け入れて次の肥やしにする。
だから、次回はもっと精度の高い決断ができるようになる。

私はそういう人になろうと思う。

隣の芝生は青い -Jay Deai ブログ-

grass greener

人のことはよく見えるものです。

特に近年のFacebookを始めとするソーシャルメディアが盛んなご時世では、

   「楽しいバケーション中!」
   「素敵なレストランに来ていまーす!」
   「こんな良いことがあった!あんな嬉しいことがあった!」

などなど、ハッピーな自己発信ニュースがどんどん飛び込んでくる。
周囲の人たちは、何の苦労も問題もない順風満帆な日々を過ごしているように見える。

“それに比べて自分の日々は…
バケーションも行けていないし、そんな素敵なレストランともご無沙汰…
特に良いことも嬉しい出来事もない…”

ともすると“取り残されてしまった感”に襲われる人も少なくないと想像する。

人間は「他から良く思われたい、認められたい」という本能があるので、
自分から進んで辛いことや苦しいことを公表する人はいない。

   みんな「自分の芝を実際より青く」見せたい。

私は、隣の芝の色を気にする生き方はやめて、自分の芝にコツコツ水をやり続けようと思う。

自分軸で生きることで、
芝の色を公表しなくていい、他にわかってもらう必要もない。

(なので、あまりFBの投稿もしていないんです:笑)

“いいなぁー”と思ったとき -Jay Deai ブログ-

いいなぁー

 

自分にないものを持っている人を見て、“いいなぁー”と思うことは誰にでもある。

地位や名誉であったり、
お金や物であったり、
憧れの仕事や趣味であったり、
愛に溢れる夫婦や親子関係であったり、
自由なライフスタイルだったり、

“いいなぁー”と思ったとき、それに近づける大きなチャンスだと聞いた。
それなのに、ほとんどの人はそのチャンスを遠ざける反応をしてしまうそうだ。

多くの人は条件反射で「自分には無理」と諦め、その人を妬む。
諦めと嫉妬は、幸福をどんどん遠ざける。

へぇ〜、なるほどと思った。
手に入れたいのに、“要らない”という無意識の反応をしているわけだ。

それとは正反対に、羨ましいと感じたとき、
自分のことのように素直に喜ぶ。

「あーよかった!」、「オメデトウ!」、「ありがとう!」

最初は違和感があるが、意識して口に出したほうがいい。
感情が入れば入るほど、そのエネルギーへ同調して近づこうという力が強くなるそうだ。

“いいなぁー”に遭遇したら、
素直に受け止めて、一緒に喜びましょう。

それが無意識の条件反射に書き換えられたとき、
あなたが周りから“いいなぁー”と言われるようになる。

人それぞれ

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十人十色という諺があるように、
十人いれば、十人それぞれ異なる価値観や性格がある。

そして、十人それぞれ、
自分が正しいと思っている。

そういう世の中で、
みんなが自分固有の価値観という定規を人に当てて、

   正しい、間違っている、
   良い、悪い、

としてしまうとどうなるのか?

違いがすべてマイナスに作用し、
人間関係はとても狭くなってしまう。

     「人それぞれ」

を理解することで、

自分の定規を人に当てなくなる。
人から定規を当てられても気にならなくなる。

違いを尊重し、
人の意見や評判に左右されない自分本来の生き方ができる。

あなたは自由になり、
周囲の人たちをも自由にする。

     「人それぞれ」

まず、自分を理解し、自分を確立する。

   あなたは誰?
   何が大切?
   どこへ行きたいの?

真の人間関係、真の共存共栄が始まる。

“たら、れば” – Jay Deai ブログ

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前回、日本へ行ったときに「たら、れば」という言葉を聞いた。

  「学歴があったら、もっと出世できたはず。。。」
  「あそこで勇気を出していれば、こんなことにはならずに済んだ。。。」

言い訳によく使われる、後悔の言葉だそうだ。
そうなっていたかも知れず、なっていなかったかも知れず。。。

その時は自分なりに決めたわけで、
思った通りにならなかったことを“たら、れば”で悔やむのは悲しい。

でも、、、
“たら、れば”を過去のことと決めたのは誰なんだろう?

  「諦めずに工夫をしたら、素晴らしい物が作れるはず」

  「自信を持って行動すれば、絶対に良い結果が待っている」

こうなるかも知れない、ああできるかも知れない!

“たら、れば”を「未来」の可能性へ使えば希望が広がり、力となる。

“たら、れば”の創造的な使い方を実践してみようと思う。

ファーストタイム – Jay Deai ブログ

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“When was your last time you did something for the first time?”
   「あなたは、最後に“初めて”の経験をしたのはいつですか?」

幼少期には、すること全てが“初めて”だった。

大人になるに従い、“初めて”がどんどん少なくなり、
気がつくと、“初めて”のない毎日になっている。

経験が豊富になったためだろうか?
それとも、知らないことへの挑戦をしなくなったからだろうか?

   「あなたは、最後に“初めて”の経験をしたのはいつですか?」

     今更、、、
     この歳になって、、、
     もうそんな気力はないよ、、、

でも、
   ピアノを弾いてみたい
   アラスカでオーロラを観てみたい
   子供と富士山を登ってみたい

まだ経験していないことには“夢と希望と感動、そして癒し”がある。

   してみたいこと
   行ってみたい場所
   心残りのこと

年齢とは関係なく、いつまでも“初めて”のある人生は素敵だ。

“初めて”のある人生は輝いている。

周囲の人たちは自分の鏡 – Jay Deai ブログ

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確かマザーテレサの言葉で
「自分にないものは見えない」
といった話があったのを思い出す。

「あの人は嘘つきだ!」
「なんであんなにひどいことをするのだろう。。。」

などと周囲の人たちへ頻繁に思っているとしたら、その「種」を自分も持っていることの現れである。

自分にその「種」がなければ、そういう言動に腹を立てない。
もしくは、そういう人たちが身近にいない環境を作り出す。

あなたの周りにいつも怒ったり、妬んだり、怠けたりする人はいますか?
その人を、他人事のように批評していませんか?

周囲の人たちは自分の鏡

“えーっ”
認めたくないほどに強烈で耳の痛いコンセプト。

潜在意識レベルでいつも起こっているエネルギーの相互関係。

自分が成長すればその良いエネルギーを周囲に与え、周りも変わってくる。
それに同調できない人たちは自然と離れていく。

また、身近に成長していく人がいるとそのエネルギーは自分へも及ぶ。
それへ同調するか、避けようとするか、は自分次第。

その逆も然りなので要注意。
つまり、ネガティブにも同じ作用が働く。

家族、友人、仲間達とこのコンセプトを共有して、
みんなで人生好転のために助け合えれば素晴らしいパワーとなる。

最初の第一歩は、
周囲を「自分の鏡」という観点で見て、現状を認識することから。

周囲の人たちへ文句を言う前に、
自分の中にあるその「種」を消す努力をする。

数ヶ月後には、
「鏡」に写し出される自分の投影が変わってくるはず。

“年輪” Jay Deai ブログ

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年初に今年のテーマについて考えた。

昨年まで、

怒っていたこと
心配していたこと
許せなかったこと

を一つ減らそうと思う。

昨年まで、

自信がなかったこと
踏ん切りがつかなかったこと
後回しにしていたこと

を一つやってみようと思う。

そうすれば、“年輪”が一つ増える。

樹木の年輪は大自然が刻んでくれるが、
我々人間の年輪は、自分で刻まなければ増えない。

年輪が増え幹が強くなり、根も枝葉も広がり、
より多くのエネルギーを受けて成長を継続できる。

今年も“年輪”を刻んで行こうと思う。

“やりたくない”
〜引き寄せの法則への挑戦〜
Jay Deai ブログ

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人生、やりたくないけどやらなくてはならないことは沢山ある。

>それらを無視し、避け続ける
>面倒だから後回しにする
>中途半端にこなす

私は、「やらなければならないこと」をやらなくて済む方法探しをした。

逃げ続けたら、逃げる場所がなくなった
後回しにしたら、積もり積もって大きな山になった
少しだけやったら、まったくやらないのとあまり変わらなかった

残念ながら「やらなければならないこと」は消えて無くならなかった。

“やりたい”とか“やりたくない”とか敏感に考えない方がいい。
私たちの脳はその場の“楽”へ走る傾向がある。

脳に邪魔されないよう、鈍感になろうと思う。
“やりたくない”が辞書から消えてしまえばいい。

“優先順位”は生き方
〜引き寄せの法則への挑戦〜
Jay Deai ブログ

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先日、旧知の友人と数年ぶりに会って話をする機会があった。
お互いの近況報告をしていて生き方の根幹がかなり異なると感じた。

私の感覚では「えっ、それでいいの?」と驚くほどの大きな違いだった。

どこからその違いが起こるのだろう?
私たちには大切なことがいくつもある。

家族、友人、健康、仕事、趣味、生き甲斐、などなど。

これらはすべて大切なことであるが、その中での優先順位のつけ方がその人の生き方を決めるのだと思う。

どの順位付けが正しくて、どれが間違っているということではない。
順位付けに反映された人生が繰り広げられるということである。
その友人の話を聞いていて、

「仕事がトップで、家族や健康の順位は低い」という生き方だった。

自分も以前はそうだったなぁー、と思った。
そしてそれは私にとってベストでないことがわかり、少しずつ順位を入れ替えてきた。

今では、家族や健康の順位が仕事を上回り、それを元に物事を判断し、以前とは異なる人生の展開になってきている。

現在の私には、その順位が合っているようだ。
私がそうであったように、20代、30代、40代、50代、その後と、
人生のステージで順位が入れ替わる人は多いと思う。

自分の優先順位を定期的に振り返り、
そのステージに合った調整が必要なのだろう。

そして、
あなたの優先順位は身近な人たちへも大きな影響を与える。
そのことをいつも忘れてはならない。